関西玉龍同窓会

サンフラワーで帰省して

招待券を引き当てた吉留一成さん(34年卒)

関西玉龍同窓会でサンフラワー号の往復乗船券という素晴らしいクジ引きが当たり、さっそく11月19日~22日に車で乗船旅行をさせてもらいました。

 大阪港出航時は小雨混じりで、海はサザ波といった状況で乗船しました。部屋は洋室でデラックスBという個室でリッチな気分になり、夕食は船でのバイキング。 その後はゆっくりとした風呂入浴と、素晴らしいスタートでしたが、思わぬ計算違いが起こりだしたのは、船が徳島沖から外洋に出たころから波が荒くなりだし、四国沖の中頃からは左右の横揺れに、 縦波をたたくドーン、ドーンの音に二人とも船酔い気味になり、辛抱の船旅でした。しかし、志布志港に着く頃には晴天で、波も少しは弱くなっており、船酔いも和らぎ、ホッとした2日目の朝となりました。

2日目は、この旅1番の目的である佐多岬と、根占港からフェリーで指宿に渡り、予約のホテルに泊まる計画でした。佐多岬は、本島最南端の灯台で鹿児島県人として、まだ行っていなかったこともあり、是非行きたい所でもありました。

さすがに佐多岬は遠かった。入り口の根占からは、乱雑に並んだとしか思えない山並みを34~35㌔走り、さらに車を置いて灯台展望台まで20~30分歩いた。さすがに突端の展望台は風がきつく、眼下の岩には白波が打ち寄せ、本島最南端の厳しさを思わせる荒さと遠さに、もう来ることはないのでは、との思いをしながら後にしました。

そして帰路に着く根占港に行ったところ、ここも波が荒く、薩摩半島へ渡るフェリーが欠航になっていました。急きょ、指宿のホテルもキャンセルして、陸路を北上し桜島から鹿児島市内に渡り、姉の家に泊めてもらいました。

3日目は、母校玉龍高の近くに住んでいた土地だけが残っており、その処分の相談に同級生の木村君に来てもらい、久しぶりの我が家の土地にも立ち寄った次第です。

そして、帰路につくべく志布志港に向かうところで、妻がもう船に乗りたくないと言いだして、急きょ陸路を帰らざるを得なくなり、三木の我が家まで約800㌔走ることになりました。我が家に帰り着いた時は真夜中で、もうクタクタでした。

この旅に機会を与えてくださった皆様のお陰で色々な思い出が出来、人生の思い出の一つとして残せたことを、皆様に感謝しながら、ここでの紀行文を締めさせていただきます。有難うございました。

2011年12月